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2006年5月28日 (日)

バーテンダーの生き方

私は今も人生に悩んでいるが、以前にも同じような状況で非常に深く人生に悩んだことがある。その時にいろんな世界を覗いてみることで自分の生きる道を見つけようと考えたことがあった。

特に興味を持ったのは「ソムリエ」と「バーテンダー」だった。1年という短い期間ではあったが「ワインスクール」や「バーテンダースクール」にも通った。その影響かシェーカーも振れるし、そこそこの何かを得ることができたと自分では思っている。さらに今となってもその名残で「他の方への気配り」ということを最優先に深く考える習慣がついてしまった。

その関係で酒に関する本は沢山読むが、その中に「バーテンダー」という漫画(原作:城アラキ、漫画:長友健ジ)がある。今回は「第4巻」に書かれている私が非常に心を打たれた言葉を紹介したい。(なお、今回は個別の本の引用をメインとしているため、集英社、原作者及び漫画を描かれた方からの著作権上のクレームがあれば削除させていただきますのでご一報ください。またご要望があればトラックバック等で本の紹介に協力もさせていただきますので遠慮なくご連絡ください。)

まず一つは、主人公のバーテンダーの師匠の言葉として紹介されている以下の言葉。

「人はバーテンダーという職業に就くんじゃない、バーテンダーという生き方を選ぶんだ。」

「その意味は何か?」ということについてもその漫画に描かれている。漫画の言葉をそのまま引用をさせていただいた方が意味が伝わるのでそのまま書きたい。(漫画には主人公と先輩バーテンダーとの言葉のやり取りがあり、それをそのまま読むとより深く意味が理解できるが書ききれないので省略するが、そこは非常に残念。)

「(バーテンダーという)サービス業には形がありません。理想を高くしなければ自分がダメになります。仕事ならごまかせますが自分の生き方はごまかせません。」

この言葉が私の今の心に深くつきささっている。この漫画には他にも心に残る言葉やエピソードが沢山出てくる。時々、私の心の中をあらわす意味で紹介させていただくことになると思う。

ちなみに脱線する(またか・・・)が「バーテンダー」とは元々は「バー(止まり木)」と「テンダー(優しさ)」の造語であるので、バーに行かれた際には、間違っても「バーテン(さん)」とは読んではいけない。言葉を途中で切ることになってしまうからである。(これも第1巻に書かれているが、私はスクールの一番最初に教わった。)

2006年5月27日 (土)

藤原清衡

今日の人物は「藤原清衡」。昨日のブログで書いた藤原経清の遺児である。私も歴史書をいろいろ読んだが、彼についての記述が非常に少なく、また不思議なことも多い。その中で私が彼に感じたことは「耐えること。」だと思った。なぜかというと、藤原経清が前九年の役で斬首された後、朝廷軍に協力した清原軍に母親と共に捕虜になった。どうやら母親が清原氏の後継者の後妻になったため、命だけは助けられたようである。その後、誰も周囲にほとんど誰も味方がいない状態が20年ぐらい続いた状態で生き延びられたこと自体が奇跡ではないかと思う。まだ勉強不足で彼が奥州を統一するまでの過程が私には理解できていないが何故彼は敵ばかりの中で生き延び、そして奥州を統一し、奥州に本当の平和をもたらすことができたのであろうか?昨日も多少書いたが、源義家が彼の味方に回ったことは事実ではあるようだが、それは20年以上も後のことであり、それまでの期間、「どんな屈辱にも耐えること、自分の意思を押し殺すこと。そして何と言っても目標(楽土を作る。)を失わないこと。」ではないかと思う。それがあったから彼は「耐えられた」のではないかと私は想像する。それでも捕虜同然であるからいつ殺されても文句は言えない。そんな状況でどうやって彼が生き延びたか私にはそれが未だに見つけられてない。

彼が奥州を統一するまでの過程はこれから奥州を旅して調べていくつもりであるが、民衆のための政治(楽土)の基礎を築いたことで、ゆがんだ人間であった源頼朝につぶされるまでの長期間、奥州は本当に平和であった。朝廷に負けない政治制度を持っていたと書いてある書籍もあった。平泉の中尊寺金色堂を初めとする各種歴史的建造物を建立し、そして「僧」や「宋(中国)」が持っていた知恵を活用して、自分達の栄達だけを考えている朝廷とはかけ離れた民衆のための政治を行っていたことだけは確信を持って事実だと言える。

その頃朝廷では藤原氏、平家、源氏が敵味方に分かれて自分達の権力を拡大しようともくろみ、民衆のためのことなど何一つ行ってこなかった。天皇陛下ですら権力を求めていた時代であった。彼らは自分達の権力を拡大できれば民衆などはどうでもよかったのである。ひどいことに同族の源氏や平家の中でも分裂が起こっている状態であった。京都を中心とする朝廷の支配する土地に住んでいた民衆は本当に苦しんだことだろう。

これからも彼に関しては調べていくつもりである。ただ、周囲が敵ばかりの中で自分の意思を殺してまで耐えることのできた強い意思。そして自分が権力を握れた時に、権力に任せた暴君になるのではなく、本当に民衆のための政治を行ったその度量。不遇な状況である時にも民衆のための政治を行う準備を考えていた彼には末恐ろしい「心の強さと意志」を感じる。

私を始め、現在不遇な状態に置かれている方がいらっしゃったら、是非彼のことを考えていただきたい。彼の苦労に比べたら、私ごときたいしたことない、と感じられるようになれたらいいなと思うが、私は今でも彼の足元にも及ばない。。。

2006年5月26日 (金)

藤原経清

今日は「藤原経清」について書いてみたい。といって彼のことを知っている方のほうが少ないと思う。彼は「前九年の役」と呼ばれる朝廷軍と蝦夷(陸奥)の戦いで中心的な役割を果たした人物である。かなり昔であるが「炎立つ」という大河ドラマがあったので覚えていらっしゃる方もいるかもしれない。以前の大塩平八郎の時にも書いたが日本史の教科書では「役」と書かれている。この言葉は基本的に国外との戦い(「文永の役」や「弘安の役」など)に使われる。同じ陸続きでありながら「役」として国外扱いをされている状況にまず納得できない。文部科学省は教育基本法など改正して国民の愛国心だの言う前にこういう基本的なことから改めるべきである。そしてもう一つ「蝦夷」とか「陸奥」という言葉の使い方もちょっとなあと思う。「蝦夷」は差別用語だし、「陸奥」に至っては「陸の奥」である。そりゃ朝廷のあった京都から見れば「陸の奥」なのかもしれないが、欧州から見て日本を「極東」(極限まで東)と呼ぶのと同じである。

前置きが長くなってしまったが、彼も元々は朝廷側の人間であった。父親の朝廷内での失脚によって奥州の「亘理」という地区に左遷されたことがきっかけで蝦夷との関係を持つようになった。しかし、その時代の朝廷も現代の政権と同じく腐敗しきっていた。政権を担当していた公家連中は自分達の栄達だけ考え、民衆のことなど一切考えていなかった。逆に蝦夷を統治していた「安倍氏」は民衆のための統治をしており、朝廷など無視している状況であった。彼はどちらが本当に民衆(国民)の事を考えていたかという点に悩み、結果として腐敗しきった朝廷を見限り、安倍に身を寄せることとなった。彼は腹の据わった武士であると同時に民衆のための政治、そして人間を大切にする人物であったため、朝廷の支配する国に自分の理想や未来はないと感じたのであった。

彼のすごいところは「20歳代で自分が所属している国(会社や地域などのレベルじゃないですよ。)を見限ることのできる勇気」だと私は思う。そしてその勇気に私は心を打たれる。自分は自民党政権が腐敗してるからといって、日本人でなくなる(亡命)ことまで踏み切れるかどうか。。。年金(まだ払っている。)リタイアでもない限り無理だろうな。。。考えていてもなかなかできる事ではないと思う。

その彼の生き方は部下に伝わり、安倍氏と戦っていた部下すらも一糸乱れず彼と一緒に安倍軍に合流することができたのである。(彼の部下の中には安倍軍に家族を殺された人間もいたはずであるが。)私はこういう人間を大切にするリーダーに仕えたいと心の底から思う。大切なのは権力や肩書きではない。人を大切にする心、そして思いやりの心である。そして彼の思いやりは見限ったはずの朝廷軍の人間に対しても行われている。

一つ例をあげれば、「源義家」である。源氏最高の武将と言われた彼であるが、義家は父親の源頼義とともにこの戦いに参加していた。しかし藤原経清の思いやりの心がなければその後の名声など有り得ないだけでなく、彼だけでなく源氏すらこの世から消えていただろう。それほど後世の歴史に影響を与えているのである。源頼朝など存在していない。

「前九年の役」は1回の戦いではなく、何度も繰り返された戦いを総合して呼ぶ(「川中島の戦い」と同じようなもの)がその中で「黄海(きのみ)の戦い」という大雪の中で戦われた合戦があった。源頼義の無理な作戦によって朝廷軍は立ち直れないほどの大敗を喫したのであるが、なんと勝敗が決したと判断した藤原経清は雑兵の服装をして逃げようとした頼義や義家をわざと見逃した。本来ならば今後の憂いを考えればそこで殺してしまうのが今後のためである。しかし、もう大勢に影響はないと判断してのことではあっただろうが、彼は若い義家に同じ武士の心を感じていたのであった。彼にとっては有能な人物は敵であっても殺すのは惜しい、朝廷を改革してくれるのではないかと期待していたのではないかと私は思っている。

結果的にはその判断が原因で、前九年の役の最後に安倍軍は朝廷軍に敗れてしまうのであるが、その心は逆に義家にも伝わり、数十年後に「陸奥守」として赴任してきた源義家は彼の遺児である「藤原清衡」(彼についても不思議な人生を送っているため後日書くことにする。)を助けることにつながっていくのである。

藤原経清は20代で自分の所属していた国を捨てた。もちろん理想とする国を見つけたこともあっただろうが、私などは腐敗しきっている自分の会社ですら見限れるかどうか未だに定かではない。しかし、彼の心根だけは忘れないように生きていきたいと思う。

2006年5月25日 (木)

石田三成

「石田三成」という人物は歴史上の人物として知らない方の方が少ないだろう。1600年の「関が原の戦い」で東軍の徳川家康と戦い、敗れてしまった人物である。彼は近江佐和山19万2千石という小大名であった。その彼が事実上の大将となって関東250万石以上を持つ、いわば10倍以上の兵力と財力を持つ徳川家康という巨大な敵に戦いを挑んだのである。

今日は、何故、彼はそこまでの力の差をわかっていながら「徳川家康を武力で倒すべし。」と考えたのかを書いてみたい。(戦力分析や事前の根回しなどはまた後日。)

石田三成は豊臣秀吉によって役人としての能力を見出された人物であり、「豊臣政権」の「奉行職」として政権の維持に尽力を注いでいた。晩年の豊臣秀吉の乱行については諸説あるが、秀吉が死んですぐに「豊臣政権」がなくなったわけではないことをまず知っていただきたい。

豊臣政権は「五大老(ここに徳川家康他4人)」、「五奉行(ここに石田三成他4人)」による合議体として運営されていた。(「中老」が3人いたという説もあるがあまり影響がないので触れない。)秀吉はどちらかというと「五大老」をアドバイザー機能として扱っており、中心は秀吉を頂点とした「五奉行」が政権運営するという形であった。

秀吉は晩年、大名間でつるみ、政権にひびが入ることを回避するため「大名間の婚姻を禁じる。」という法律を出した。しかし徳川家康は秀吉が死ぬとすぐに「加藤清正」、「伊達政宗」などの有力大名と婚姻関係を結び、その法律を破り続けた。奉行が家康に詰問しても「忘れていた。年をとると物忘れがひどくなる。」という何とも白々しい人を食ったような回答で追い返し、その後も婚姻関係を拡大してそれを自分の味方(戦力)に入れようと力を注いだ。家康はわざわざ法律違反を起こし、混乱に乗じて政権を奪い取ってしまうという作戦を立てたのである。

あくまでも豊臣政権の維持に尽力していた三成はこのような動きを見せる家康を許すことができなかったのである。力(権力)のあるものが政権を奪うのは当然である、という意見もあるだろう。しかし、今までの秩序を守ることによって国と民衆を守るというのも一つの方法であり、いわば天下分け目の関が原は、「欲と力」vs「秩序」の戦いだったわけであり、三成は「秩序」側の代表だったということである。

結果は家康が各大名に手を回したことによって裏切りが続出し、東軍の勝利に終わったが、ここにはいくつかの教訓と時代背景がある。

1.当時は秀吉政権が日本を統一したとはいってもまだ「下克上の最終時期」であり、力のあるものにすりよる人間が多かった。

2.秀吉に認められて政権の中枢に上り詰めた三成は他の人物も自分と同じように秀吉に恩義を感じており、「豊臣政権」が続くことを望んでいると勘違いしていた。

3.三成は西軍の総大将としての戦力を持たない小大名だったため、強力なリーダーシップ(兵力=力)がもてなかった。また「こうあるべき」という理想論に基づいた戦略しか立てられなかった。

4.その結果、関が原に集まった大名は西軍(三成側)の方が多かったが、戦いの前にはすでに東軍(家康側)に寝返っている大名がたくさんおり、実際に戦ってくれる戦力が少なかった。

という状況により西軍(三成側)は負けたのであるが、三成は自害せず戦場から逃げた。それは何故か?「一度負けても命さえあればまだ秩序を守る(家康をつぶす)チャンスはあるはずだ。」と考えたからであった。結果的には伊吹山中の洞窟に隠れているところを捕まり、首を落とされるのであるが、首を落とされるために向かった籠の中で以下のような会話があったという逸話がある。

三成:喉が渇いた。水が欲しい。

籠運び:水はない。干し柿ならあるので、これで潤せ。

三成:柿は「痰の毒」なので食べない。

籠運び:これから首をはねられる人間が何を言う。

三成:自分の理想を追い求める者は最後まで諦めず、命を大切にするんだ。お前のような雑兵にはわからないことだ。

三成には秀吉に見初められた時の気配りのするどさを教えてくれる「三献茶」や「関が原で敗れた時の佐和山城には蓄財がほとんどなかった。」や「幻の百万石」などの沢山の逸話が残されているが、私はこの逸話が特に好きである。狂った権力に負けず最後まで諦めることなく「志」を持ち続けなければいけないという気持ちにさせてくれる。

歴史は時の権力者の思い通りに変えられてしまうのが常であり、石田三成は「権力に逆らった悪い人間。」と思っている方も多いかもしれないが、実際は時の秩序に逆らって力によって強引に権力を奪い取ったのは家康の方である。

石田三成、その思想や生き方に関して、私の理想とする人間の一人である。「判官贔屓」という言葉があるが、えてして敗者の方が美しいと感じてしまうのは私だけはないだろう。

脱線その1:「三献茶」

秀吉が鷹狩で三成が修行中の寺に立ち寄って「茶が欲しい。」と言ったときの話である。秀吉は走って喉が渇いているだろうと思い、1杯目は「一気に飲めるように大きい茶碗にぬるいお茶」を、2杯目は「落ち着いて飲めるように少し小さめな茶碗にして少し熱く」、3杯目は「お茶の味をじっくり味わえるように小さな茶碗に舌が焼けるほど熱く」というお茶の出し方をしたという話である。相手がどんな状態にあるかをわかった上での「気配りの大切さ」と「もてなしの心」を教えてくれる。

脱線その2:関が原の戦い後の「佐和山城には蓄財がほとんどなかった。」

三成は常々「主人からいただいた給料は全部奉公のために使うべきである。」と常々言っていたようだ。しかし、彼は政権の中枢にいたので、賄賂をもらっていると思っていた。しかし、実際に彼はそういうことは一切せず、本当に居城に金目の物は何も残していなかった。踏み込んだ徳川方の大名はその質素さに、「これが政権の中枢にいた人間の城か」と驚いたそうだ。「有言実行」、「清廉潔白」な人物である。さらに佐和山城は綺麗な城ではなかったが非常に頑丈な城であったらしい。城の役割と見た目が綺麗でも中身が伴わないと意味がない、ということも本質的なことを教えてくれる。

脱線その3:「幻に消えた百万石」

秀吉が三成の功績に対して、九州で百万石を与えようとしたことがあったらしい。それに対しての三成の回答は「九州では遠く離れてしまって上様(秀吉)のそばでお仕えすることができなくなり、上様のご期待に添えなくなるのでいりません。」であったそうだ。彼は私と考え方が同じである。私も会社で働くことの意義は「お金(給料)」じゃなくて「会社や上司からの信頼、それに答えようとする期待、そして働き甲斐。」である。

三成は「仕事に対する私の人生観の基本となる考え方」を作り上げた人物である。(今や何故か過去形。。。)

余談だが(さらに脱線するか?)、しかし、結果論ではあるが三成に百万石あれば名実共に西軍の総大将になることは可能であっただろう。そうしたら徳川への寝返りも減り、歴史も変わっていたかもしれない。

2006年5月23日 (火)

NHK

今日のネタはNHK。ここも非常に突っ込みを入れたい組織の一つ。実は私は最近はNHK受信料を払っていない。そのせいか最近よく自宅にNHKが来る。それも非常に高圧的な態度。「放送法って知ってます?払わないとそれに違反して罰則を受けることがあるんですよ。」だと。集金人は「法律って絶対だぞ。」と思っているのかもしれないが、思わず笑ってしまう。私は放送法の内容を読んでいるので「あっそ、それで?」で片付けるが、世の中には「法律、罰則」に恐れをなして「あ、払わなきゃ。」と払ってしまう人が多いことだろう。最近は不祥事続きでNHKの経営体質に疑問を持ち、払わない方々が増えてきた。いいことなのか(爆)?

そのNHKの人が「高飛車で放送法って知ってます?」って来た時にいくつかの撃退法を私は考え、実践を試みている。(撃退したくない方は素直に払ってください。法律違反です。)

1.放送法では電波を受信できる設備を持っている家庭は受信料を払うことが決められている。そこで、壊れたテレビをどっかから拾ってきて、玄関で集金人の目の前で叩き壊す。これは集金人がびびって帰った。(後の掃除は大変だったが。)

2.NHKの人の気持ちになりあえてうそをつく。「うちにはテレビがないんですよ(笑)。」最近では格差社会とはいえ、さすがにそんな家庭あんまりないでしょう。でも集金者はこれが帰って報告する時に一番安心するらしい。テレビがない家から受信料は取れないですからねえ。生活保護家庭でも車はだめだそうだがテレビは基本的人権の観点から当然OK。こちらが気を遣って嘘をついているのに、「家にTVがない。」と言うと必ずといっていいほど「入って確認させていただいてもいいですか?」と集金者は言ってくる。そこで玄関で靴を脱ぐ瞬間に「私はここから先に入るのを許可してません。放送法には住居侵入を無条件でやっていいとは書いてありませんよね?住居不法侵入で警察に電話します。」と言うのである。これもびびって帰った。

3.最近の不祥事を列挙して、NHKの体質が改善したら払うといって普通に追い返す。(これ、ここ数年では意外に効き目がありますよ。きっと集金者も負い目を感じているんだろうなと可哀想にはなるが。)

4.テレビの映るカーナビなどからも取らないと不公平じゃないですか?(まだやってない。)

5.最後に、あまりこういう強引なことをやっていると目を付けられ、差し押さえをくらう可能性がある(法律改正中)ので、法律には法律で得た情報で返す方法を。以前に「情報公開法」という法律の存在をこのブログに書いている。NHKは特殊法人なので情報公開関係法律(正確には「独立行政法人等に関する情報公開に関する法律(日本の法律名はなげーよ。)」)の対象機関なのである。そこでNHKのHPを覗くことができ、誰でもNHKの決算書が見られるようになっている。今は17年度の決算書が公開されている。そこの「貸借対照表(B/S)」の「流動資産」のところを注意してみてもらいたい。(アドレスは以下の場所)

http://www.nhk.or.jp/pr/keiei/kessan/h17/pdf/kessan17.pdf

この中に「受信料未収金」が641億円ほど計上されている。まあ要するに「取らぬ狸の皮算用」よろしく、本当は受信料を払っていない人が払ってくれたらどれくらいになるのかを計算しているわけでございます。問題はそのすぐ下にある「未収受信料欠損引当金」です。これが611億円計上されています。経理に詳しくない方のために説明するとこの引当金は「きっとずっと払ってくれないだろうから、いつか将来、もらえないから諦めて損として計上しないといけないんだろうなあとNHKが準備している金額。」すなわちNHKの弱気が現れている項目なのです。その弱気の割合、なんと「611億円/641億円で95%強。」NHKでは払ってくれない人の95%の集金を諦めているのかということになる。これは非常に驚きである。しかもNHKの決算書というのは「国会審議(衆議院にNHK決算委員会というのがある)」を必要とするいわば「国のお墨付きを得た決算書」がこれである。(NHKさん、本当に気が弱いっすよ。)

まあ社員が私的に着服したり、長期政権のエビジョンイルとまで呼ばれた絶対的な権力者の退職金に払われるくらいだったら、払わないのもありだが、払わないことが法律違反であることに変わりはないので、このブログで教えてもらったということでなく、自分なりの判断で正しいと思う行動を取っていただきたい。(というのも「共謀罪(まだ国会で未成立)」にはなりたくないんで。)

ここでまた脱線するが現在、国会では共謀罪というアドバイスをしただけで犯罪にしてしまうという恐ろしい恐怖政治を生む法律が自民党と公明党が強引に通過させようとしている。まあ古臭いそして恐ろしい無駄な法律をもう一つ作ると思っていただけばいい。でもこれは非常に恐ろしい法律で、例えばこのブログを読んで、その通り実践してしまったら、私は共謀罪に問われるのである。知恵や助言、アドバイスだけで捕まる連座制という法律である。江戸時代の「一族郎党総責任制」じゃないんだから時代に逆行する法律はいかがなものか?そこまで国民を信頼できないんですか?自民党さん。私は逆にあなた方の方が信頼できませんよ。

私は平等であるとか無駄な使い方をしないとか、普通の組織が当然やっていることをやっていてくれて、それを説明してくれて、自分が納得したら払うつもりでいますよNHKさん。でも残念なことになかなか納得させてくれる集金人が家には来てくれないんです。お待ちしていますよー。

最後にNHKを褒めておこう。やっぱり地震や災害などがあった場合にはやっぱりNHKだよねえ。いい番組も多いし。BSのスポーツ中継なんてありがたくて(爆)。早く信頼を回復して、きちんと私に受信料を払いたい、という気持ちにさせてくれる集金人が来てくれないかなあ。玄関にシール貼りたいよー。

2006年5月22日 (月)

情報公開法と個人情報保護法

みなさんの家に、どこで仕入れたわからないが「マンション買いませんか?」の勧誘や「資金運用しませんか?」などの電話がかかってきたことはないだろうか?うちには毎日のようにかかってくる。ひどいことに相手は名乗らないのに、こっちの名前は確認してる。今までに一番ひどかったのは3日続けて同じ人間から電話がかかってきて、3回とも「始めまして。」といったバカなセールスがいた。(こっちはお前みたいなバカは覚えてるっつうの。)

その度に私は情報源を確認するために「違います。引っ越しているんじゃないですか?どの名簿なのかしらないが間違い電話が多くて困る。その名簿、削除しておいて。」とすっとぼけることにしている。そもそも「まずは自分が名乗らない人間なんて信用できない。」。「まず自分が名乗るのが礼儀ではないですか?」と聞くようにしているが、怪しげな会社名か個人名以外ほとんど言わない。そしてこちらの都合など一切お構いなしにしゃべりまくる。自分の身分を名乗らない人間、人の話を聞かない人間なんて信頼できるはずもないよね?皆さん、世の中に甘い話はありませんよ。お気をつけくださいね。私は儲け話を持ってくる人間がいたら、「じゃあ自分でやってみたら?」と聞くようにしている。そうするとムキになったように「私もやってます。」って答えるんだよね。こういう非常識な人間が本当においしい儲け話を教えるはずないのに。。。それにそういう発言に対してムキになる人間は心理的な後ろめたさを感じているからムキになるんである。是非、騙されないようにお試しください。

さらに私はちょっとからかってやろうかと思うときには、「個人情報保護法って知ってますか?この情報をどこから仕入れたんですか?」と聞くことにしている。大体の人間はここで口ごもるがまくし立てる輩もいるのでそういう時は名簿の入手経路を確認(名簿図書館とかふざけた図書館があるから。)した上で最終的に「間違い電話」にする。

ところで各企業はこの「個人情報保護法」に基づく情報漏れに過剰な反応をしめしている。クレジットカードの番号などが漏れたらその損害は想像を絶するものになるからである。しかし、その費用と手続きは企業にとって過大な負担を強いる。

それでもヤフー、ジャパネット、楽天などの企業にも情報漏れが発生し、後を絶たない。だからこそ企業は損害を未然に防ぐために過剰なまでの防衛策を取らざるを得ないのである。

一方で、話が飛ぶようであるが政治家や官僚たちはころころ考え方を変える。数年前にお役所及び天下り団体に「情報公開法」というのが制定されている。これは積極的に内部の情報を公開して、透明性を高める目的を持った非常にいい法律であると思っているが、「個人情報保護法」ができたせいで骨抜きにされている。

すなわち、情報公開法で開示請求をしても個人情報保護法で待ったをかけて公開を拒否してしまうのだ。簡単に情報公開が拒否できる上に、なんて無駄で矛盾した法律を作るんだろうなと思う。(法律も作るだけでなくスクラップアンドビルドをしろっつうの。)

何のための情報公開法だ?これらの法律は役所だけではなく、改革という日本語しか知らない某国の首相が名前を変えただけの、役所の天下り団体(子会社)である「独立行政法人(旧特殊法人)」という聞きなれない組織にも適用されている。

独立行政法人の矛盾点に関してはまた別途書くが、この2つの法律のために多大なる税金が使われていることをご存知だろうか?

消費税を上げるなどと寝ぼけたことを言う前に歳出削減、天下りの禁止などの官僚や政治家の特権(政務調査費、通信費、給料)などを削減するか、無駄な政治家の数を減らすことが先ではないのか?

天下りに関しては、もっと危険である。今までは曲りなりとも人事院という組織が監視していたにも関わらず、今回、閣議や大臣の裁量で勝手に天下りが許される方向に変更されるようである。

歳出削減や格差社会の是正、アジア外交重視などと耳に心地よい言葉を次の総理大臣候補が色々言っているが、マスコミはこういうところにメスを入れずにどこにメスを入れるんだ。マスコミは誰が総理になるのかアンケートを取っている暇があったら、政策の違いに重点を置いて、報道の仕方に反省してほしい。ワールドカップに浮かれている場合ではないぞ(笑)。

800兆円を超えた国の借金、地方を入れれば1000兆円を超える。格差社会も広がっている。私は本当に日本のことを考えてくれる人間にリーダーシップを取ってもらいたい。そしてそういう人間には是非、下記の「日本の借金カウンター」を見てもらいたい。(1秒間に約16万円ずつ増えている。これを見ているとぞっとするのは私だけではないはず。)

http://www.kh-web.org/fin/

個人的な希望で言えば、「北川正恭氏(元三重県知事)」のリーダーシップに期待してこの国を託してみたい。

ああ、また脱線だ。

2006年5月19日 (金)

リーダーシップとは?(その2)

引き続きサッカーで脱線したい。私も2002年のW杯で熱狂した人間ではあるが、韓国(ベスト4)と日本(ベスト16)には決定的な差があったと思っている。それは私の主観では監督(リーダー)の差ではなかったか、ということである。

日本のトルシエ監督(当時)はその時の日本のサッカーは型にはめた方が能力を発揮できるだろういう判断で選手を信頼することや自由度よりは「秩序」を優先した。結果的に「中村俊輔」がメンバーから漏れるというサプライズがあったのも、選手の才能よりも秩序や戦術を重視した結果である。さすがにフランス人だなあと感じたことを覚えている。まあトルシエにすれば日本選手のレベルの低さもあったのかもしれない。

さらにベスト16で満足したわけではないだろうが、決勝トーナメントと予選リーグでは大幅にメンバーを変えた。その意図は選手に伝わっていたのだろうか?私レベルには理解不能だが、結果的にトルコに負けたという結果だけが残った。

しかし、当時韓国の監督であったオランダ人のヒディング氏(今回のオーストラリア監督)は劣勢あるいは勝ちに行く時にはFWを3人、4人と投入する。一か八かの選択なのかしれないが、戦術が非常に明確で選手への指示も的確で選手達にも明確に意思が伝わる。こういうリーダーシップが選手の目的意識をはっきりさせ、モチベーションを上げるということはないだろうか?数が減ったMFやDFにだって「抜けた穴は自分達で守る。」という監督の気持ちが伝わるはずである。トルシエはそういうことは決してせずに、つねに秩序を守る交代以外はしなかった。あの時のヒディング采配に私は明確なリーダーシップを感じた。

今回のジーコも自由度は高いようだがトルシエと似ている気がする。怪我した時の安全策なのか同じポジションに2人を配置することを基本路線としてメンバーを選んだために有能な人材が数多く選考から洩れた。(でもジーコの鹿島びいきは選手のモチベーションを下げないだろうか?)

本当に個人的な希望になってしまうが、私は個人的には4年前にジーコではなくヒディングを今回の監督に選んで欲しかった。(私の主観なのでお気になさらないように。)

ブラジルは当たって砕けろなので、そういう意味ではやっぱりヒディングが率いるオーストラリアが一番厳しいくて恐いのは私だけであろうか?

2006年5月18日 (木)

人選や評価とは難しいものだ。

今週の15日に6月に行われるワールドカップの23人のメンバーが決まった。ジェフ千葉の巻選手が選ばれたという「サプライズ?(マスコミによると。)」があったが個別の人間に触れることはしたくないし、自分レベルのサポーターが語るべきことではない。

しかし事前の下馬評で当然選ばれる人、選ばれなかった人、選ばれたが実際にはドイツのピッチに立てないかもしれない人、いろんな人がいる。もちろんジーコも自分の基準で期待する人間を選ぶのだろうが、それぞれの立場の人たちの気持ちを考える、というスタンスで少し脱線してみようと思う。

1.選ばれた人(特にピッチに立てると思われる人)はこの4年間の実績と信頼があるからだと思う。でも実はこの方々は私が考えるに一番プレッシャーが強い可能性が高い。活躍できなければ、A級戦犯にもされてしまう可能性がある。

2.選ばれなかった人は海外リーグや国内リーグで実力を高めるなどの限界までの努力をしたが、監督には23人の中には認めてもらえなかった。この方々が私は今後一番成長すると思う。テレビで選ばれなかった方々のコメントを聞いたが、非常に悔しさを押し殺しながらも「実績を出して絶対に次の監督には認めさせてやるぞ。2010年に出るんだ。」という気迫を感じた。(松井、阿部、長谷部、大久保など。)

3.選ばれたがサブや展開を変えたい時に使われる可能性が高い選手。ではこの選手達の気持ちはどうだろうか?短い時間で結果を出す必要があるとかレギュラーが怪我しないといけないとか、非常にモチベーションを保つのが難しいと私は思う。一時期、ジーコが海外組ばかり優遇するので、ふてくされた国内組の選手が羽目を外してしまったことがあった。あれは「信頼と期待」ということを監督が伝えていないのではないかと推察する。

私は過去はアスリートであったが、今は社会人としての能力評価・業績評価という観点で相手の気持ちを考えてしまうので複雑な心境であるが、能力は高いが結果的に認められなかった選手には「悔しさ」の他に「監督との縁がない。」という気持ちも持ってほしい。

2006年5月17日 (水)

窮地に追い込まれた時の人間の反応

以前にも少し述べたが、織田信長の家臣で前田利家という武将がいる(え、加賀百万石だから知っているって)。若い頃、歌舞伎者と呼ばれる流行の最先端のファッションをしていたらしい。あるとき、前田利家が賄賂を贈らないという理由で織田信長の茶坊主が信長に悪口を吹き込んだ事を利家が聞きつけた。それを聞き、怒った利家は茶坊主を切り殺し、信長から怒りを買い、浪人に出された。その時の利家は非常に落ち込んでいたらしいが、自分を見舞いに来る人種が3種類あることに気がついたそうだ。

1.心配なフリをして訪問し、「謀反を企てているのでは?」と探り、信長に報告する手柄を立てようとするいやらしい輩。

2.浪人がどんな暮らしをしているのかを様子を見に来る興味本位の輩。

3.本当に利家のことを心配していて、信長に利家のことを許してくれるように頼む人物。

意外にも「3.」の人間の代表格は信長の当時の次席家老の「柴田勝家」と「木下藤吉郎(豊臣秀吉)」だったそうだ。次席家老ともなれば足軽の前田利家のことなど気にかけないのが普通だろう。でも柴田勝家は地位など関係なく親身になって前田利家の心配をしていたようだ。後に前田利家はぎりぎりまで柴田勝家の与力となって働いており、秀吉と勝家の合戦の時にも勝家の恩義に答え一緒に死のうといたらしい。でも結局は勝家の方が、「もうお前(利家)は私に対して十分な義理は果たした。秀吉のところに行け。」と言われて、やむを得ず断腸の想いで秀吉軍に加わった。柴田勝家の男気に惚れるところがある。

でも実は秀吉とも足軽の長屋暮らしのころからの親友(妻同士も親友(「おね」と「まつ」)だし、仲人も務めた)であった。利家としては双方の恩義に苦しんだことだろう。結局、利家は勝家を攻めることはできずに秀吉の味方になることに留まった。でもその時の秀吉もさすがに度量が大きいし、人の心を読むことには長けていた。利家には無理に勝家を攻めさせることはせず、味方になってくれただけで十分だという扱いをした。(普通は裏切った人間は次の戦いで先鋒に立つのが当時の習慣であった。)

秀吉はその後も利家を丁重に扱い、最終的には大納言まで昇進させ、徳川家康の押さえとして嫡子「秀頼」の守役としての重要な役目を与えた。

私は人間として利家の義理人情の生き方を素晴らしいと思うと同時に、自分だったら利家の見舞いにどれを選ぶだろう。少なくとも自分は出世やごますりには興味がないので、自分のその時の地位にかかわらず「3.」を選ぶ人生を送りたいし、そのための努力を惜しまない。「勝家と利家」、「秀吉と利家」の間には双方に「信頼と期待」という強い絆が結ばれていたに違いない。

私は今の日本社会に必要なのは「金や権力や法律」ではなく、「信頼と期待」であると思いたい。

利家がもう少し長く生きていてくれれば(1598年死去)徳川家康の大暴走を抑えることができたかもしれず「関が原の合戦」(1600年)は起こらなかったかもしれない。そうしたら徳川が天下を取ることはなかったかもしれない。歴史に「もし」はないが、その場合、この世の中はどのように変化していただろうか?

2006年5月16日 (火)

人材がすべて

戦国時代の武将「武田晴信(信玄)」の言葉に「人は城 人は石垣 人は堀 なさけは味方 あだは敵なり」というのがある。意味は優秀な人間を育て信頼すれば「城や堀」などの「形のある守りの装備」はいらないということである。また「人情」をかけることによってモチベーションが上がるということでもあるだろう。ただし「情」をかける人間は選択しないと「水は高いところから低いところに流れる。」ではないが、甘えが人間をダメにすることもある。そのさじ加減も権力者が「人力(人間の魂を見抜く力)」を持たないといけない。逆に権力者が「憎しみや脅し」で人間を強引に使おうとしてもその人間を苦しめてしまうだけである。

私はこの言葉を今の権力者達に聞かせたい。権力があれば法律や道理をゆがめることはたやすい。しかし社会や会社が成長していくためには、リーダーが優秀な「人材」を見つける能力を持ち、その人間の考え方を理解(叱って伸びる人間か?褒めて伸びる人間か?など)し、その人間に見合った育成環境を与え、その努力と結果に報いることであろう。

総理大臣が武田信玄であったら今のこの国はどのように変化していただろうか?

2006年5月15日 (月)

リーダーシップとは?

毎週月曜日の夜10時からテレビ東京で「カンブリア宮殿」という番組がある。毎回、ゲストを招き、いろんな話を聞くのだが、これが非常に興味深い。今回の放送を見て、「リーダーシップとか何か?」ということを考えさせられた。今日のゲストはSBIホールディングズの「北尾吉孝CEO」であった。ライブドアとフジテレビの時に登場したホワイトナイトと言ったほうが一般の方にはわかりやすいかもしれない。ミクシー代表の方が出たときは、まだ「大学のサークル活動にビジネスチャンスを見つけた」という感じで非常に軽いノリであったが、北尾氏は野村證券での経験が長く、年齢的にもリーダーシップの取り方に関する説明が非常に面白い点が多かった。

北尾氏は一番評価した部下が「最高の評価」が得られなかった場合には、段階を踏んで上司に説得を繰り返していくと言っていた。自分の下した評価に戻るまで、人事部長、人事担当取締役、副社長、社長、会長まで行くという。それでだめならそんな会社に未来はない、ということで自分が辞表を出しただろうという。(それだけ評価した部下を守るということなのだろう。)

こういうのを真のリーダーシップというのではないだろうか?口先ではなんとでもいえるが、北尾氏の場合にはそれを本当に実践し、その通り部下を指導・信頼してきたのだと思う。野村証券を辞め、ソフトバンクに転職するときに部下が数十人ついてきたことがそれを証明しているように思う。それも孫CEOに共感したんではなく、北尾氏の下で働きたいということを言ってくれたとのことであった。それは厳しいが部下の成長を心から望んでいることを部下に伝わった証拠ではないだろうか?(北尾氏を褒めすぎのようであるが、「M&Aのスペシャリスト」というお金に価値観を見出している人物かなという印象があったのでそのギャップに私は非常に驚いた。)

北尾氏はリーダーシップには「情(なさけ)」が必要(本人は弱点だと言っていたが)だと語る。今の無能な権力者にはこの「人情」がなさすぎる。

私の勤める会社では250人程度の小さい規模にもかかわらず無能な権力者がお山の大将気分でその「権力を謳歌」している。無神経な発言や悪法を作り、被害を受ける人間の感情や心の傷、今までの努力、そういうものは理解しようとしないし、そんなものにまったく興味はない。ひたすら変わることが善であると叫び続け(どこかの国の総理大臣と同じか?)、耳に気持ちいい「茶坊主」や「君側の奸」の現実感の乏しい意見だけを聞き、「無能なイエスマン」だけを評価する。会社の中に数少ないながらも存在する「良識派」の人間は「恐怖政治の暗黒社会」と今の会社を評している。私も未だにこういう会社が存在することが七不思議だと思っている。(え、何故辞めないのかって?それは私が会社へ長年の奉仕をしたにも関わらず裏切られ、体調を壊しているためである。人間は仕事だけに生きるにあらず。健康だけは回復しないと家族を守れないし。)

真のリーダーシップ、それはきっと「人間の複雑さを理解した優しさと愛情のある厳しさ。」だと思うのは私だけだろうか?

前田利家公は織田信長の茶坊主を斬り捨てて一時浪人の身となったが後に許されどんどん活躍した。それだけ有能な人物は重用するし、過去のことはまったく気にしない織田信長。彼の能力評価におべんちゃらは関係ない。こういう人間・会社・社会に私は憧れるのだが、現実には存在するのだろうか?(うちの会社はそういう会社だと誇れる方、あなたは幸せ者です。)

2006年5月12日 (金)

権力者の考え方

今日は権力者の考え方について話してみたいと思う。歴史の本を読むと現代にも通用することがよくわかるが、権力者にはある共通した考え方があると思う。

それは人間を「敵か味方か」という唯一の価値判断で評価してしまうことである。権力者は「肩書き」を「自分そのもの」と勘違いし、さらに人格と仕事を混同し、一方的な物事の見方しかできない。仕事は出来ないが上司にごますりをして出世していく人間があまりにも世の中に多いことがそのことを証明している。それは仕事の能力ではなく媚を売ることで、権力者に「よしよし、かわいいやつじゃのう。」と仕事上有能かどうかとは別の観点から評価されてしまっているのである。

私は「人間というもの」は人格や性格、責任感、家庭、仕事、その他様々な要素が組み合わさってできているものではないかと思っている。すなわち、一人の人間を評価するには様々な角度からの情報で判断すべきであり、また一つがダメだからといって、全てを否定してはいけないということである。

最初のブログで「権力」の位置に関する定義をしたが権力というものは「天(神様や仏様)」に次ぐ力を持っている。権力を持っている人間は、必要以上にその重大さを認識し、権力を持たない人間よりも自制心と謙虚さが求められるのではないだろうか?

以前勤めていた銀行で、某大企業の部長さんが保証人となり銀行に融資を申し込んだ時に、名前もろくに聞かれず簡単にOKになったということがあった。実はその数日前に肩書きを隠して自分の名前だけの信用で別の銀行に融資を申し込んだらあっさり断わられたことがあったらしい。要するに社会的な権力や信用というのは「肩書き」であって「自己・自分」ではないということを証明したことになる。それを理解しないと「肩書きという権力」がなくなった時に、「自己」が何も残らなくなってしまいますよ。

特にこれから団塊の世代で定年になる「濡れ落ち葉族(古い?)」のおっさん達、定年後は自宅で粗大ゴミとなってしまいますよ。過去の栄光ではなく自己を磨きましょう。そうなった時には「熟年離婚」にご注意を(笑)。

2006年5月11日 (木)

ウイスキーの法律(日本vsスコットランド)

私はアルコール類全般に興味がある。弱いので酒の歴史がすきなのだが、ウイスキーの定義に関するスコットランドと日本の法律の違いに愕然とした。今回はいかに日本の法律表現が難解なものであるかを記述したいと思う。

本場スコットランドではスコッチウイスキーを法律で以下のように定義している。

「麦芽の酵素によってできた液体をスコットランド内で蒸留し、木製の樽で最低3年間保税倉庫にねかせて熟成させたもの。」

なんとわかりやすい法律だろう。これを読んでわからない方いらっしゃいますか?

それに対して日本は「酒税法第三条第一項第九号」で同じウイスキーを以下のように定義している。(難解であることを示すためにわざと全部を転載します。)

 「ウイスキー類」とは、次に掲げる酒類をいう。ただし、イ、ロ又はニに掲げるものについては、第五号ロからニまでに掲げるものに該当しないものに限る。
 発芽させた穀類及び水を原料として糖化させて、発酵させたアルコール含有物を蒸留したもの(当該アルコール含有物の蒸留の際の留出時のアルコール分が九十五度未満のものに限る。)
 発芽させた穀類及び水によつて穀類を糖化させて、発酵させたアルコール含有物を蒸留したもの(当該アルコール含有物の蒸留の際の留出時のアルコール分が九十五度未満のものに限る。)
 イ又はロに掲げる酒類にアルコール、スピリッツ、香味料、色素又は水を加えたもの。ただし、イ又はロに掲げる酒類のアルコール分の総量がアルコール、スピリッツ又は香味料を加えた後の酒類のアルコール分の総量の百分の十未満のものを除く。
 果実若しくは果実及び水を原料として発酵させたアルコール含有物を蒸留したもの又は果実酒(果実酒かすを含む。)を蒸留したもの(当該アルコール含有物又は果実酒の蒸留の際の留出時のアルコール分が九十五度未満のものに限る。)
 ニに掲げる酒類にアルコール、スピリッツ、香味料、色素又は水を加えたもの。ただし、ニに掲げる酒類のアルコール分の総量がアルコール、スピリッツ又は香味料を加えた後の酒類のアルコール分の総量の百分の十未満のものを除く。
スコットランドと反対にこれ読んですぐに理解できる方いらっしゃいますか?もしいらっしゃったらあなたは天才です(笑)。内閣法制局(法律の文章を精査する部署)に転職することをお勧めします(笑)。私には作ったものに色々混ぜてごまかしていいと法律が認めているとしか読めません。
日本の法律は内閣法制局に勤務している役人がわざと分かりにくくしているとしか思えない。それともやましさをごまかす必要があるからなのかと勘ぐってしまう。
こんなにご丁寧に難解に作っておきながら、某保釈人に「抜け道があるから悪い人にだまされちゃいますよ。」って笑いながら外国人記者クラブで得意げに話されてしまう日本の法律ってどうなのよ??
(また最後に脱線)
でも彼は「粉飾決算」で株価を吊り上げ、投資家に多額の損害を与えながら保釈後も家賃が高額な六本木ヒルズに住み、3億円の保釈金も簡単に出せるのね。。。
去年のこの会社の株式総会直後の忘年会の様子をTVで見た方、いらっしゃいます?
私には新興宗教団体のイベントにしか見えなかった。
ちなみに株主総会では「時価総額を上げ、株価上昇によるキャピタルゲインで株主に還元する。」と言っておきながら「株主配当」を出さないためにウソ泣きしたらしい。でもマスコミや株主はH氏が泣いたといってそれに感動し、ニュースにまでして放送していた。こういうところも宗教団体っぽいな。
それを持ち上げたり叩き落したりするマスコミもなんだかなあ?

2006年5月10日 (水)

道路交通法その2(自転車)

引き続き「道路交通法」である。私の住んでいる地区は自転車が非常に多い。自転車は道路交通法上の「軽車両」であるから、許可された場所以外では車道を走らないと違反である。ちなみに私の配偶者は外見からは判断できないのだが、病気によって生涯ゆっくりとしか歩けない。そんな配偶者に対して歩道を走る暴走自転車が何度となくぶつかってきたり、挙げ句の果てには「邪魔だ、どけ。」と言われたりしている。その度に彼女は怒り、心がねじれ、人間がますます嫌いになっていっている。しつこいが標識で許可されていない限り、「歩道の自転車通行」は違法だっつうの。

警察庁のHPに掲載されている平成17年度の交通取締り件数資料(ご興味のある方は下記の37ページを参照いただきたい。)のところには自転車を取り締まったという記載がない。(あるのかもしれないが「その他」か?風の便りで「全国で年間2件」と聞いたことがあるが、詳細不明。知っている方、教えてください。)

http://www.npa.go.jp/toukei/koutuu28/20050127.pdf

先日、こんなことがあった。夜の10時過ぎだったか、ふらふらっと道路を何度も横切りながら走る一台の自転車。うーむ、どうみても酔っ払い。この時点で「道路交通法違反(酒気帯びや飲酒)」。警察の方、自転車の飲酒運転は法律違反ですよ、車だけでなくて自転車もちゃんと捕まえてくださいな。自転車のマナーの方が悪いですよー。

閑話休題。危ないので後ろから車がきてますよーという意味で短く「プッ」とクラクションを鳴らしたら、なんと車道のど真ん中で停止し、私に向かって何かを怒鳴っている。よく聞いてみると「うるせえバカヤロー。」と言っている様子。他にもいろいろ言っていたようだが、酔っているので意味がさっぱり分からない。そのままずっと道路のど真ん中で止まっており、むちゃくちゃ言っているのでこちらもとうとう熱くなり「邪魔だじじい(あ、相手は老人でした)、そんな運転していると轢くぞ!お前が死ねば年金財政が浮く。」とこちらも訳がわからないことを口走っていた。(轢いたら私が「刑事訴訟法」で逮捕されてしまうので当然やらなかったが・・・)

別に厚生労働省の味方ではないが、何で私は「年金財政が浮く。」と口走ったのだろう?よく考えてみると保険料をきちんと納めていれば「遺族年金」が払われるだけなのだが、年金保険料の値上げと給付額の削減が根底にあったようだ。我々や企業が払っている年金保険料を法律の一文を拡大解釈することで無駄な施設をどんどん作り、そこの管理運営団体を作り、そして天下る。最近では不採算が続くから、作った値段の数百万分の一の値段で売るということまでしでかしている。まあ失業保険や健康保険などでも同じようなことが行われている。そして誰も責任を取らない。日本の官僚というのは税金や保険料というのを「自分達の自由に使えるお金」ぐらいにしか認識していないのだろう。こういう人たちに将来を預けているというのは本当に困ったものだ。

かなり脱線したが、各種保険料の官僚無駄遣いについてはまた別途書きたいと思う。それにしても世の中(私の言葉遣いも?)が荒んできている。これも格差社会のせいか??

2006年5月 9日 (火)

道路交通法その1(駐車禁止)

来月より改正道路交通法が施行され、民間業者が駐車禁止の取り締まりができるようになる。「みなし公務員」という扱いで逆らうと公務執行妨害になるそうである。車を持っている人ならどんな取締方法になるのかは興味のあるところだと思う。その辺は別のブログでもきっと書かれていると思うので、別のところに疑問点を呈したい。

1.何故、もともと駐車禁止だった場所に白線と集金マシンを置くだけで駐車がOKになるのか?通行に迷惑になる場所だから駐車禁止にしているのではないのか?(不思議なことに時間を超過すると超過料金ではなく「駐車禁止」の対象になる。)

2.日本の公道はほとんどが駐車禁止である。それらの場所にうっとおしいくらい多くの駐車禁止の看板等が表示されている。なら駐車禁止の看板ではなく公道は表示がなくても原則駐車禁止。「駐車OK」の場所だけ看板にしたほうが数も少なくお金もかからず効率的ではないか?

3.本来「刑事罰」であるはずの駐車違反を裁判もせずに「反則金」という名目ですぐに集金できるようにしているのは何故か?違反した時にもらう青票には「小さく」不満があればお上に訴えることができると書いてはあるが、見えんわい。それに取締り中の警察官に「裁判するか?お金と時間がかかるぞおー。」って脅かされる(?)ケースも多い。結局、裁判は面倒だなあっていうことで「自分はついてない。」と取り締まりに納得することなくサインして反則金を払う人がほとんどだろう。

駐車禁止に関するだけでも上記のような疑問があるが、これらはすべて国民から駐車料金や反則金などの名目で効率的に集金を行いたいからである。そしてパーキングメーターを作ったり管理したりする業者、看板を作り設置する業者、などに天下る。ってな仕組みが完全に出来上がっている。今回も民間取り締まり業者へ天下るんだろうなあ。

そのほか見えないようにこそこそ隠れて行う「ネズミ捕り」や「一旦停止義務違反」など、姑息なやり方をしている交通取締りは私的には一番「つっこみ」を入れたくなる国家権力である。

「つかまったら今回の取り締まりは納得いきませんので勉強のため裁判を受けます。」って全員が言ってみてはいかがだろう?裁判を受けることは我々国民の権利であるし、社会勉強にもなる。裁判員制度が導入されたら自分も裁判員になるのだ。勉強しておいて損はない。仕事を休まないといけなくなるが「世の中の仕組みを知る。」という意味ではいいことづくめだ。結果的に敗訴にはなるが、反則金が罰金に変わるだけで払う金額も同じ。裁判費用は実際にはたいしたことない(経済的な理由で免除も受けられる)。

逆に言われて困るのは面倒な書類の作成が必要な裁判所・検察・警察だし、いくら専門の「交通裁判所」があっても年間数百万件も裁ききれんわな。そうすると人が足りないとまた公務員を増やすことになるのか・・・悪循環か(笑)?

2006年5月 8日 (月)

やっぱり織田信長

昨日の夜、日本テレビで「ニッポン人が好きな100人の偉人」という番組があったが、予想通り第一位は「織田信長」であった。別に異論があるわけではないが、この手の番組だと「織田信長」が上位に入るのは間違いない(長井秀和口調)。

農業経済から商業経済への移行、当時最強と言われた武田の騎馬軍を一蹴した鉄砲を使った戦略など政治・経済・文化・社会・軍事などありとあらゆる分野に新しい価値観やアイデアをどんどん出していった。それはすごいことだと思う。

「理想の上司」、「尊敬する人」など様々なランキングでも必ず上位である。でもそれって単なる結果を見ているから「いいなあ」と思っている人もたくさんいるんじゃない?

実際に上司が信長であることを想像してみてほしい。自分の考えを絶対に曲げないし、部下にも話さない、部下の意見などはほとんど聞かず、無能の烙印を押された瞬間にクビ、絶対服従以外ありえない、そんな日々の恐怖の中で働きたいと思う人間がどれだけいることか・・・本当の彼の部下は戦々恐々としていたはずだ。だから荒木村重や明智光秀も耐え切れず、謀反や暗殺を図った。

でも私は信長が好きだ。それも「優しさ」が好きである。浮気をしてめっちゃ怒っている秀吉の妻「ねね(おね)」に対して「あのはげねずみ(秀吉)にはお前ほどの女性はもったいない。」となあんて内容の手紙を直接書いてなだめたりしている。

権力がどんなに人間を狂わせるものかは歴史が物語っているが、願わくば現代の至る所に存在している怪しげな権力者もこういう人間的な優しさを持っていただきたいものである。

2006年5月 7日 (日)

大塩平八郎

彼は江戸時代の大坂町奉行の与力(現代では官僚)だった人物である。彼は自分や家族の生活を切り詰めてまで集めた書籍を全部売り払い、そのお金を困っている人たちに配ったりした非常に立派な人物である。隠居後は「洗心洞」という私塾を開いて陽明学を教えて、世の中に学問を広めていた人物でもあった。

彼は飢えに苦しんでいた民衆に米を配るために、(自己の出世のため)幕府に媚を売る上司が民衆の苦しみを無視して江戸に送ろうとした米を「武装して」奪って民衆に配ろうとした。当時の権力に逆らったから学校では「大塩平八郎の乱」と教えているのだろう。でもこれって何で「乱」なのだろうか?私には世の中が見えていない権力者よりも民衆に目を向けてそれを助けた素晴らしい人物にしか思えない。裏切りによって事前に事が露呈したため失敗した彼だが、最後まで幕府の自浄作用を諦めていなかった。自分だけ最後までこそこそと隠れていたように書かれている本もあるが、すぐに自害しなかったのは事前に老中(今の大臣)や当時の水戸黄門に世の中を正す手紙を送っており、その返事を待っていたためだそうだ。

こういう人のことが「乱」として教科書に載せられていることを非常に悲しく感じる。

2006年5月 6日 (土)

本当の弱者の味方はどっち?

日本テレビ(別に好きなわけではないが)の土曜日の午後(月に1回)に「報道特捜プロジェクト」という番組がある。その中で「架空請求業者」にリダイヤルと質問攻めをして、どんなに罵声を浴びても業者と格闘する「イマイ(もちろん仮名)さん」という方がいる。業者の実態を暴くのが目的の番組ではあるが、最近の手の込んだ架空請求を受けた場合に備える意味で一見の価値はある。

その反面、ここ数年間「改革」と叫び続けた割にはやっていることは単なる国民負担増ばかり。様々な法律改正を駆使して医療費や社会保険料の自己負担分を上げ、量的緩和及びゼロ金利政策を続け(最近やっと日本銀行が方向転換)預金者が受け取るべき金利をかすめとらせることで銀行を立ち直らせ外国資本に売却するなど、やってきた悪政を挙げてみれば枚挙に暇がない方々もいる。結果として国民からお金を巻き上げるという意味では合法か違法かだけの違いではないかと勘違いするほどである。

果たしてどちらが本当の意味での弱者を救済しているのだろうか?「国家」と「1人の人間」という視点は違うし、またテレビの企画ではあるが、私には少なくとも庶民の虎の子のお金を掠め取ろうとする人たちを救済するための知恵を与えている「イマイ(仮名)さん」の方が真の弱者の味方だと感じる。

でも架空請求業者さんにとっては「イマイ」という名前は逆の意味でのブラックリストなんだろうな(笑)。

どうなの?アイフル?

消費者金融大手の「アイフル」が5/8から3日間の業務停止である。かわいい犬を使ったコマーシャルと言葉の暴力による違法な取立てに違和感を感じた方も多いだろう。それだけ「所得格差」が広がってやむを得ず借りる人が多い世の中はいかがなものか?それとも日本は騙される方が悪く、法律さえ守っていれば何をしてもよい国なのか。日本は法律の表記が難しいわりに「抜け道」が非常に多い。「利息制限法」と「出資法」の2つが貸金業を縛り付けているが2つの金利には上限の差がある。テレビなどでも「グレーゾーン金利」と呼び、金融庁は金利差をなくして統一する方向で動くようである。でも日本の「優秀と言われている」官僚の方々、素朴な疑問だが法律を適用する対象が違うのは承知しているが、結局統一できるんだったら何で元々違うの??

2006年5月 1日 (月)

非理法権天

この言葉は私の好きな歴史上の人物の一人である南北朝時代の武将「楠木正成」の言葉と言われている。その意味は、非(非道)は理(道理)に勝てず、理は法(法律)に勝てず、法は権(権力)に勝てず、権は天(神様、仏様など)に勝てず。これが私の好きな言葉である。会社や世の中の醜い出世欲や権力欲を見ていると「ああ、やっぱりこの言葉は現代でも当てはまる。」と毎日のように思う。これからつれづれなるままに世の中に対して感じたことや思ったことを「非理法権天」を基準に書き綴っていきたい。ただかたくるしい話ばかりではなく、私の人生や趣味の話などに脱線することもあると思うがお許しいただきたい。

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