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2006年8月 4日 (金)

新渡戸稲造

最近、いろんな方の言葉を引用することが多い。読書量が異常に増えているからである。感銘を受けたところに付箋を付けておき、時々めくっている。ご縁だとは思うが、今日は新渡戸稲造さんの言葉が目に付いたので紹介させていただく。

「いかに苦しいことがあってもヤケになるのは短慮の極みである。逆境にある人は常にもう少しだと思って進むがよい。いずれの日か前途に光明を望むことを疑わない。」

この言葉は昨日の続きである。私はこれからも無謀と分かっていても権力に闘いを挑むだろう。しかしヤケになることはしない。ただ、気持ちの整理をするために菩提寺の念仏である「正信念仏げ」を唱えることは多い。私の現在は逆境の極みにあると思う。でも努力を続けていれば「前途に光明が差してくる。」ことを信じてみたいと思う。

ただし、今の会社という考えではなく、自分の人生の光明という意味である。

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