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2006年8月 5日 (土)

坂口安吾の悪妻論

最近では毎日、以前の読書によって本当に感銘を受けた言葉を見返すことが多い。この本もその一つである。本当は違う目的で読んだ本であるが、前後は省略して言葉だけを紹介する。

「悲しみ、苦しみは人生の花だ。」

意味は「生きているからこそ、悲しみや苦しみを味わえる。そして、だからこそ、人間は心豊かになれる。」ということであろう。

私の家族は娘も含めて「悲しみ、苦しみ」の極限にある。先日も娘に「ママが死ぬのが怖い。」と寝かしつけのときに1時間以上も泣かれた。

前にも書いたが私の配偶者は若くして脳卒中になり、厳しい後遺症(左半身の感覚なし、常に剣山で刺されるような痛み、30分以上正座した後のようなしびれ)と闘っている。こういう感覚が24時間続いていると聞かされている。だから、仕事をしている時間はそっちに集中することで少し楽になる、ということで就職もO.K.した。またストレス発散のための買い物なども出来るだけ自由にさせてあげたいと心から思う。

でも娘に悪影響を与える言葉を娘の前で発するのはやめてもらいたいし、私と向き合って話し、妥協点を見つけたいと思うのも私の本心である。しかし、後遺症の辛さは本人にしかわからず、本人も毎日「限界だ。死にたい。」と言っている。脳卒中の後遺症としては厳しい状況だが、こんなに生活習慣病が騒がれている中、こういう後遺症を持っている方はたくさんいると思う。早く医学が進歩して欲しい。。。

苦しみや悲しみが人生の花だ、と言われても私にはまだ苦しみとは苦しみでしかない。きっと配偶者もそうだろう。自分の苦しみで精一杯で、だから他人に目が向かないのであろう。私は早く自分の心を無にして、配偶者の言動や行動、その他すべてをありのままを受け入れるようになりたいと思っている。そうすれば心が豊かになれると信じて。。。

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